

『【第1回 基礎理論編】 ストレスは「悪者」じゃない?心のゴムボールと、人によって感じ方が違う「脳の仕組み』では、ストレスは「出来事」そのものではなく、「どう受け止めたか(評価)」で決まるというお話をしました。
「頭ではわかってるけど、どうしてもネガティブに考えちゃうんだよ…」
そう思いますよね。でも、自分を責めないでください。
あなたが悪いのではなく、あなたが持っている真面目さや責任感といった良い特性が、時としてストレスを強める「認知的評価(レンズ)」になってしまっている場合も多いのです。
今回は、そのレンズ(個人要因・状況要因)を分解して、「あ、だから私は辛かったんだ」と納得することから始めましょう。


認知的評価(レンズ)に影響を与える要因
認知的評価に影響を与える要因は多岐にわたりますが、主な要因は『個人要因(個人の特性)』と「状況要因(状況の特性)」に分かれます。
個人要因(個人の特性)
『個人要因(個人の特性)』は、個人の内的な特性や状態を表します。
状況が何を意味するのか、それに対して何ができるのかという評価の「レンズ」として機能します。
コミットメント(その物事への思い入れや、深く関わろうとする気持ち)
出来事に対して、心理的に何が賭けられているか?あなたにとって出来事を重要・意味のあるものとして評価します。
コミットメントが強いほど、それが脅かされた際の『害-喪失」や『脅威』は大きくなり、傷つきやすさも比例します。
たとえば、「長年心血を注いできたプロジェクトが中止になる」「大切な人間関係に亀裂が入る」といった状況を考えてみてください。
そこへのコミットメントが深いほど、状況がもたらす害や脅威は個人的に大きく評価され、結果として傷つきやすさも増大しやすいです。
一方で、コミットメントの強さは恐怖を減らし、問題に対処し続ける努力の動機づけとなり、困難を乗り越える力にもなります。
このようにコミットメントの強さは、『脅威』にも『挑戦』にも影響を与え(一次的認知評価)、対処し続ける努力の動機づけにも影響します(二次的認知評価)。
信念
過去の経験から作られた、あるいは文化的に共有された認知であり、状況を解釈する際のフィルターとして機能します。
信念には、『コントロールについての信念』と『実存的信念』があり、一次的認知評価と二次的認知評価に影響を与えます。
『コントロールについての信念』
- 一般的信念:
全般的な傾向として、自分の行動が結果に影響を与えると信じるか(内的統制)、自分以外の要因によって支配されると信じるか(外的統制)、というものです。
この信念は、状況があいまいだったり、新規場面で影響力を持ちます。
『私は状況をある程度コントロールできる』と信じる人は、状況を「脅威」よりも「挑戦」と捉えやすく、対処も大丈夫だろうと考えます。 - 状況的コントロールの評価:
特定のストレスフルな人間-環境との関係において、自分がどの程度影響を与えられるかという評価です。いわゆる自己効力感というものです。
特定の出来事に対して、
自分が行動をうまく遂行できるという「効力期待」
その行動が望ましい結果に繋がるという「結果の期待」
が含まれます。
特に二次的認知評価に直結し、対処行動の選択や継続に影響します。


これらの認知的評価は固定的ではないよ!
サポート資源の情報や自身の反応などによって変化していき、「再評価」されていくんだ。
『実存的信念』
信仰、運命など人生から意味を作り出し、希望を維持する信念です。
困難な状況をどのように位置づけて受け止めるかという、より高次の一次的認知評価に影響を与えます。
希望を持ちながら問題に対処し続けるため、間接的に二次的認知評価に影響します。
自己
コミットメントと信念を包含する、より全体的な人格概念です。
あなたにとって何が重要であるかを示すもので、いわば「自分らしさ」全体が、認知的評価のあらゆる側面に浸透していき、湧き上がってくる感情と強く結びついています。
湧き起こる感情がどういったものか?に気づけることで、そのストレッサーが自分にとって何が大切で、何が危険なのかを教えてくれるでしょう。
心理的ストレスへの感受性(傷つきやすさ)
「傷つきやすさ」は、
- コミットメントの強さ
- 信念のあり方
- 現在の身体的・心理的・社会的資源(サポート)の状況
などの「個人要因」が絡み合って、過去から現在にかけて形成されていくものです。
「傷つきやすさ」は、以降の「状況的要因(状況の特性)」とも相互作用します。
たとえば、コミットメントが強くて傷つきやすい状態の時に、事態が曖昧で予測もつかない、サポートしてくれる人もいない状況を想像してください。
認知的評価もネガティブに捉え、強いストレス反応を引き起こすでしょう。
一方で、こういう状況下で有効なサポート資源が見つかると、「傷つきやすさ」はカバーされ、その状況を『挑戦』として捉えられるようになり、うまくストレスを乗り越えることもできます。
ストレッサーを『脅威』として捉えるかどうかは、一次的認知評価と二次的認知評価のどちらも大事です。
たとえば、
プレゼン発表を控えている時に、一次的認知評価で「やったことがないからヤバイ」と脅威に感じても、二次的評価で「でも準備時間があるし、Aさんの作った資料も使えるかも」と思ったら、ストレス反応を和らげられます。
一方で、一次的認知評価で「自分を成長させる機会だ!」と挑戦に感じても、二次的認知評価で「でもどうやって準備したらいいか分からないし、周りに相談するのは恥ずかしい・・・」と思えば、ストレス反応は高まります。
状況要因(状況の特性)
次は『状況要因(状況の特性)』についてです。
ストレッサーそのものの性質や時間の要素など、客観的な側面にまつわる条件のことを指します。
新奇性
経験のない新しい状況は、自分にとって何をもたらすか?の判断材料が少ないため、脅威/挑戦のどちらにも捉えられやすいです。
経験がないからこそ情報を調べて、気持ちを安心させる対処を取ることはよくあります。
ただし、相談する相手を間違えたり、玉石混合のネットから得たさまざまな情報は、逆に『脅威』として評価されやすくもあります。
それゆえに誰が発信しているか?その情報の確からしさが重要となります。
予測性
出来事を予測できるかどうかは、ストレス反応に影響を与えます。
悪い出来事の発生可能性は『脅威』と感じて、常に緊張と不安に晒され続けます。
一般的には予測可能な出来事や経験のある状況は、ある程度の準備できるため、ストレスが軽減する可能性もあります。
一方で、予測できても『自分にはどうすることも出来ない』と感じてしまうと、無力感でストレスフルへと繋がります。
重要なのは、その状況に対してコントロール感を持てられるかどうかです。
時間的な要因
- 切迫度:
危険や締め切りが差し迫っているかどうかを表します。
切迫度の高い状況下では、意思決定の質が低下します。
一方で、待機時間が長すぎるのもストレス反応を増加させます。 - 持続期間:
ストレスフルな出来事が続く長さを表します。
慢性的に続く場合は、疲弊に繋がります。
一方で、慣れによってストレス反応が減少することもあります(苦手なプレゼンも回を重ねて慣れてくるなど)。
ただし、それらも心身の疲弊の程度やサポートの有無、状況をコントロールできている感覚、ストレスフルな状況が終わる見通しによっても、負荷は大きく変わります。 - 時間的な不確実性:
ある出来事がいつ起こるか分からない状況を表します。
私たちは出来事が「いつ」「どのようなパターンで」起こるのかを事前に予測することで、準備やエネルギーの配分ができ、コントロール感を持つことができます。
いつ起こる変わらない状況は、脳が常に「もし〇〇だったら…」と身構えて思考し続けることになり、精神的混乱や恐怖、過度の心配に繋がります。
情報のあいまいさ
ストレッサーの情報が不鮮明、不十分である状態を指します。
「時間的な不確実性」が”いつ起こるか分からない”を表していましたが、これは情報の「質」や「量」の不十分さを表しています。
「情報が断片的で全体像が見えない」といった状況が該当するでしょう。
情報が明確であれば、客観的な事実に基づいて評価を行うことができます。
逆に情報が不鮮明な場合、人は自身の評価の「レンズ」(上述した『個人要因』)を通して、状況を解釈しようとします。
『脅威』を強める方向へ行く人もいますし、解釈次第で自由に動けるので『脅威』が減少する人もいます。
「情報のあいまいさ」は個人的要因(気質・信念・過去の経験)の影響に大きく左右されるのです。
敵の正体がわかれば、戦い方は選べる
ここまで、ストレスを強める「個人的な要因」や「状況的な要因」について詳しく見てきました。
自分のストレスの正体が、なんとなく掴めてきたのではないでしょうか?
「原因はわかった。でも、この辛い状況はどうすればいいの?」
という疑問が次には出てくると思います。
次回がいよいよ実践編です。
ストレスに対抗する武器は、「戦う」だけではありません。
「逃げる」ことも、「無視する」ことも、立派な戦略なのです。
最終回となる次回は、今日から使える具体的なストレス対処「コーピング」についてご紹介します。


影山隆之.「勤労者のためのコーピング特性簡易尺度(BSCP)の開発:信頼性・妥当性についての基礎的検討」.『産業衛生学雑誌』,2004,46,p103-114.






